津軽三味線の有名な奏者

津軽三味線は、かつてはボサマと呼ばれる男性視覚障害者が門付け芸として覚えた演奏でした。しかし、今や国際的に名を轟かす名人もいて、津軽三味線奏者といえば憧れの的のような存在にもなっています。ここでは、津軽三味線の有名な奏者について紹介しましょう。

 

ボサマの競演で発達した芸

 

ボサマとして津軽三味線を始めた初代の高橋竹山名人も語っているように、もともと津軽三味線はボサマが東北や北陸地方などの家々をまわって門付け芸をするための楽器のようなものでした。

 

始祖だとされる仁太坊も幕末にボサマとして演奏していたといい、ボサマ同士が芸を競い合うことからどんどん技術が向上していったと見られています。

 

高橋竹山の名が知られるのはもっと後のことですが、劇場などで演奏するスタイルで活躍する奏者が増えたのは、昭和40年代の民謡ブーム以降だといわれます。

 

ただ、当時も民謡の伴奏楽器として活躍の場が広がった程度で、舞台芸術として津軽三味線の独奏などが注目されるようになるのは1980年代以降だといいます。

 

独奏や合奏がブームに

 

1980年代以降、高橋祐次郎が率いるグループ「風」が、津軽三味線の合奏で劇場ライブをするようになりました。

 

一気に裏方から主役へと躍り出た津軽三味線は、瞬く間に注目されるようになり、若手の演奏家も売れる時代に。

 

アイドルのような受け入れられ方をする若手演奏家も増えて、一般に注目度が高まったことから、メディアへの進出も広がったのです。

 

吉田兄弟の重奏、木乃下真一、上妻宏光などは有名どころで、幅広いファン層を確立しています。こうした演奏家のスタイルには、西欧の現代曲をアレンジしたり、他楽器との共演が多いのが特徴です。

 

小山流の二代目家元である小山貢や二代目高橋竹山など、古くから活躍する名奏者もいて、非常に層が厚いのが津軽三味線の世界です。